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武道館

武道場

河内長野市の超広角な世界

昭和9年(1934)9月21日の朝、尋常ではない風雨の中を長野町尋常高等小学校の生徒たちは学校に登校しました。当時、台風の到来を知らせるような天気予報はありません、ちょうどその頃、観測史上日本上陸時の中心気圧が最も低い室戸台風が大阪・神戸間に再上陸していたのです。教室の戸が吹き飛ばされそうになり、全員新築された講堂(現在の武道館)に避難したそうです。強い風が天井裏に吹き込んでは負圧が生じ、折上げ格天井が20cmほど浮き上がって吊下げの鉄筋にバーンバーンと落ちるので、生徒たちは生きた気がしなかったそうですが、近代工法が効いたのでしょうか講堂は倒壊することもなくけが人も出ませんでした。ただ風が収まった外に出て驚いたそうです、さっきまで居た南側の4教室が完全に倒壊しておりました。ウィキペディアによりますと「大阪市内だけでも小学校244校と実業補習学校2校のうち180校480棟全てが全壊・半壊・大破、死者は合計267名(職員7名・使丁2名・児童251名・保護者7名)に達し、重軽傷者は合計1571名に上った」とあります。それから80年経った夏休みも終わりに近い土曜日、武道場には金剛禅総本山少林寺大阪長野道院の少年少女拳士たちの爽やかな練習の声が響き渡っていました。