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烏帽子形(城址)公園

本丸広場

河内長野市の超広角な世界

本丸広場は大阪城に例えると天守閣が建っていたところにあたり、発掘調査で2棟分の礎石と瓦が見つかっています。敵の侵入を防ぐ多聞櫓のような建物があったようで、その下の古い地層には火災の後も発見されたそうです。烏帽子形城で記録に残る合戦は六回、そのほとんどは河内国の大名であった畠山氏親族間とその家臣たち同士の家督と領地をめぐる戦いです。その争いの口火を切った畠山政長と義就の争いがこの山城から京都に飛び火し、時の将軍足利義政(のちに銀閣寺を造営)を巻き込んで、京都を焼き尽くした「応仁の乱」に発展したことをご存知でしょうか。
城郭構造 山城   築城主・年 不明  主な城主 畠山氏  遺構 曲輪、空堀、土塁、井戸  国指定史跡  所有者 烏帽子形八幡神社  位置 北緯34度26分40.4秒 東経135度33分53秒