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住吉神社

馬駈神事

河内長野市の超広角な世界

体育の日、住吉神社では秋の御例祭として古来より伝わるの馬駈神事が行われています。「この神事は神功皇后(じんぐうこうごう)御征韓祝賀のために裸馬の競走を催したことに始まる。頭に白いサラシを巻いた神馬を先頭にして氏子がそれぞれ奉納した馬の手綱をとり、多数の観衆の見守る中で馬場300mを駆け回るという勇壮な行事である。」と境内の説明板に記されていますように、高貴な方の馬を引いて駈けるという古い形式の馬駈けです。京都の下鴨神社に代表される馬上から矢を射る流鏑馬は武者が台頭してきた時代、第21代雄略天皇が即位した457年にその原型となるものが行われたそうです。第14代仲哀天皇の皇后であった神功皇后は天照大神より「倭国から戦を無くし、国を豊かにするために、朝鮮半島の3国(高句麗・新羅・百済)に対し正式に国交を申し入れ、貿易を開始し文化交流を深めよ。」というお告げを受けて朝鮮半島へ出兵されたのは、その二百数十年前の出来事です。朝鮮半島出兵の折、神功皇后は応神天皇を身ごもっておられ、お腹に月延石や鎮懐石と呼ばれる石を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたと伝えられます、それが御神馬のお腹にさらしを巻くとなったのでしょうか。